何が言いたいかというと、いろんな手段を試してみて(たぶんその過程でいろんな人を無意識に傷つけたり礼を失したりしているとは思うのですが)、マジで自分どうするの?どうしたいの?どうしたらいいの?と考え続けていたとき、「自分の評価を他人に預けすぎるのは良くない」という、当たり前のことに気付きました。

相手が自分を選ばなくても、自分の価値は何ら毀損されないんです。

同時に、自分だって相手のことを選んで、切り捨てたり、見つけたりしているんだから、自分が同じことをされたからといって傷付く必要はないんだということ。

しかもそういう相手にどうやったら出会えるかって必勝法は全然なくって、正直くじ引きみたいなもので、たくさん回数を引くほうが当たりには近付ける。だったら自分に「イエス」を言ってくれる相手に出会えるまで、何度でもクジを引き続ければいいんだと思えました。

100回「ノー」を言われたとしても、最後に1回「イエス」って言ってもらえれば、それでいいんです。

「わたしは選ばれない」という絶望と、その対応策 - インターネットの備忘録 (via hetmek)

出典: katoyuu





“結婚は長くは続かなかった。――たったの、58年と、7ヵ月と、14日間しか。”

アポロ計画に参加してた97歳だけど何か質問ある? | AMAの世界 (via otsune)

病気なんかで終わりがわかっているなら、お別れの前に別れといたほうが、次の相手を見つけやすいのかな、なんて考えてる。

出典: ama.an-pan-man.com



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